
平家の人々は次々に海に飛び込み、沈んでいった(宗盛を除く)。平家随一の猛将、平教...
高麗の僧である道顕が、百済滅亡の状況を語る。 斉明天皇六年秋七月庚子朔乙卯(7...
もはやこれまでと船の掃除を始める平知盛。覚悟を決めていた二位尼は幼い帝を抱いて船...
源氏方の和田義盛が平家の舟に矢を射かけ、遠矢の応酬がはじまる。また、イルカが大量...
遣唐使が渡海して、唐の天子(高宗)に謁見した。 斉明天皇五年秋七月丙子朔戊寅(...
阿倍比羅夫は蝦夷の粛慎を討伐した。 この年に、越国守の阿倍引田臣比羅夫は粛慎(...
各地から源氏方に兵が集まり、元暦2年3月24日ついに源氏と平氏の最後の戦いが始ま...
斉明天皇が牟婁温湯に行幸中、有間皇子は蘇我赤兄に謀反の決意を漏らす。 斉明天皇(...
日暮れ頃、舟の上の扇を射てみよとの平家方の挑発に対し、源氏方は那須与一にそれを命...
孫の建皇子が薨去し、天皇は嘆き悲しむ。 斉明天皇(4) 皇極天皇4年5月、皇孫...