侍女である十五夜の話を聞き、訪れた冠者は只者ではないと感じた浄瑠璃御前は再び侍女を送り探りを入れる……


上瑠璃御前はこれを聞いて「やはり私の申した通りではないですか。何か訳のある人でしょう、和歌を一句詠みかけてきなさい。」と仰った。
十五夜はこれを承って再び門の外に立ち出て「旅のお方、これは私が申すのではなく我が君様からのお使いです

かざぐちなれどちらぬ花かな
(風の出入り口にあっても散らない花ですね)」

と、このように申されると御曹司はこれをお聞きになって直ちに返歌を返された

「ちはやぶる神も桜をおしむには
(ちはやぶる神も髪にさす桜の花の美しさを惜しまれるものでしょう)」

と申されると、十五夜はこれを承り、すぐに屋形へと立ち帰り

「我が君様、旅の冠者が仰るには、ちはやぶる神も桜をおしむにはとお詠みになっております、我が君様」と申された。

上瑠璃御前はこれをお聞きになって「どうでしょう十五夜、もう一度旅のお方のところに伺って南枝の梅か北枝の桜かと伝えてきなさい。」
とおっしゃられたので、再び十五夜は門の外に出て
「もしもし旅の方、南枝の梅か北枝の桜か」と申されると御曹司はそれをお聞きになって、鞍馬育ちの稚児であったので悟りすました顔で仰るには

「旅の冠者に一夜の情けをおかけになるとおっしゃっているのでしょうか。それとも北枝の桜というのはこちらにお伺いして屋敷の中の景色を見物しにきたという事でしょうか。良い機会なので手紙を一つお送りしよう。」
といって、左の脇より紫檀の矢立(筆記具)を取り出して、炭を磨り流して筆につけ、文字や言葉に思いを込めて隅々まで気持ちの行き届かせ美しく書き結び

「恋はするがのふしのねや
津の国の難波入江にあらねども
芦のねごと

(駿河の富士の嶺のように燃える恋心こそ私の思いです。津の国難波の入り江ではないけれども、そこに生える芦のようにみっしりと、そしてその根ごとに現れるたくさんの根のように、私の思いの程はしきりです。そしてその根が重なるように、寝ごとも重ねたいものです。)」

と、書きとどめ恋文の松皮様に結び、これをまた十五夜にお与えになった。

十五夜はこの文を受け取って屋形に戻ると、上瑠璃御前にお渡しになった。
上瑠璃御前はこの文を受け取って、さっと開いてごらんになると「文字の並びが人並み外れて立派であり、また筆遣いの気高いこと。これは紛れもなく牛若君であろう。牛若君と申されるのは、鞍馬でお育ちの稚子学者であるので、インド・中国・日本と三国を通じても一番の稚児であられるという。何とかしてこの方をご招待してこの方の笛の音にあわせて管弦の宴をして、この世、来世までの思い出にしましょう」と仰って、一度目の使いに千手の前、二度目の使いに阿古屋の前、三度の使いはもろずみ殿、四度目には苅萱殿、五度目の使いには十五夜殿、六度目の使いには高倉殿、七度の使いには桔梗の局がお出になられた。
御曹司はこれをお聞きになって、七度もの使いを立ててもらいながら、これでお伺いしなかったものならば、都の冠者が田舎の女人の管弦に怖じ気づいたと思われてしまう。しかし今回の旅でのやつれで肌の色も黒く塵にまみれて、みすぼらしい姿で恥ずかしくは思いながらも、行ってみようとお思いになって、七度目の使いである桔梗の局の袖にとりついて、上瑠璃御前の屋形にお移りになった。

十五夜はこの様子を見て、半畳の畳を幅の広い縁側に取り出して、「こちらへ、こちらへ」とお招きになる。
御曹司はこれをご覧になって、都の冠者が田舎の女人の管弦に笛を合わせるのはそれでなくとも不本意なのに、まして縁側で吹くなど思いもよらないことだと思われて、庭の泉水を眺めしばらく佇んでいらっしゃった。
弥陀王はこれを見て、なんともこの方はお座りになる場所を嫌がっていらっしゃると思われて、畳においてはどれだろうか、繧繝縁に高麗縁、花氈、毛氈、紫縁をはじめとして、五畳重ねてそちらに「こちらへ、こちらへ」とお招きになる。
御曹司はこれをご覧になって、縁側で砂を払い、座敷にお上がりになり、この場で今まで催されていた管弦に合わせて音を取り、軽くお吹きになった。
十二人の女房たちも、皆それぞれ受け持った楽器を手にとって、御曹司の笛と合わせて楽を奏でられるのは趣深い。
中でも上瑠璃御前は七重の御簾の中で琴を受け持たれているようだった。御曹司はそれをお聞きになり、都にいた頃は、一条殿のところでは月見の管弦、二条殿のところでは花見の管弦、近衛関白や花山院などたくさんの管弦を聞いてきたがこれほどの琴の音色は今まで聞いたことがなかった。このような田舎の果てにも素晴らしい腕の弾き手がいるものだ、一目見てみたいと思われるが、上瑠璃御前もまたお思いになっていた。牛若君といえば三国一の稚児と言われる方、一度見てみたいと。
上瑠璃御前は峰の薬師、牛若君は鞍馬とそれぞれ神や仏がこの世に人の姿を借りて現れた方たちであった。たまたまつむじ風が吹き入って、折り重なった御簾が一斉にさらりと吹き上がり姿をお見かけしたことが恋のきっかけとなり、ほどなく管弦も収まると、御曹司は十五夜に恋の手引きをもっぱら頼み込むと、吉次の宿にお帰りになって、旅の装束を着替えなさって、再び上瑠璃御前の門のそばにお忍びになった。


挿絵:癒葵
文章:ユカ


浄瑠璃御前物語 「風口」

<上瑠璃御前>
浄瑠璃姫御前。

<御曹司>
源義経、牛若丸とも。

<十五夜>
上瑠璃(浄瑠璃)御前の侍女。