御曹司が上瑠璃御前の御所の前で耳を澄ますと、美しい管弦の音色が流れてきた。


 さてその後、御曹司は御所の塀の外にこっそり立ち、管弦の楽を無心にお聞きになった。  ああ、趣のある管弦だなぁ。御曹司が都にいた頃、沢山の管弦を聞いたものだが、琵琶の撥の音、琴の爪音、音色、息遣い、拍子など、優美で素晴らしく感じられた。  これほど素晴らしい管弦にも、不思議な点が 1 つある。笛の音がないのが不思議なのだ。笛はあるが、吹き手がいなくて吹かないのだろうか。吹き手はいるが、笛がなくて吹かないのだろうか。笛も吹き手もいるのだが、東国の管弦は笛を吹かないのが習慣なのだろうか。それはともあれ、かくもあれ。御曹司は管弦に笛を合わせることにした。

 もしも咎める人がいたならば、草刈牧童の吹く粗末な笛だとでも答えよう。それでも咎める人がいれば、源氏重代の太刀、友切丸で迎え打とう、と思いなさり、右の着物の袂より、かの蝉折を取り出し、錦の覆いを取り外し、8 つの指穴を花の夜露に湿らせて、楽は沢山あるけれど、男子が女子のもとに通う楽、女子が男子を恋い慕う楽、中でも北野の天神様の恋情を歌った想夫恋(そうかれん)、親が子を捜し求める獅子団乱旋(ししとらでん)という楽を、繰り返してはもとに返り、もとに返っては繰り返し、半ば自暴自棄になり、半刻ほど吹きなさっていた。  上瑠璃御前はこの笛の音を聞きなさり、「ああ、趣のある笛の音だなぁ」と、弾いている琴、琵琶、和琴、羯鼓(かっこ)、笙、篳篥(ひちりき)を弾くのを止めて、笛を無心に聞きなさった。  侍女の玉藻の前をお召しになって「なぁどうであろう玉藻の前。今、門の外の遠くから、聞いたこともない笛の音がしたのを聞いたのだが、これ程に笛を吹く人は、天竺の文殊菩薩の化身だろうか。それとも不動明王の再来か。観音菩薩、勢至菩薩のご来迎だろうか。昔の笛の名手には、伊豆の国には源頼朝。信濃の国には木曽義仲。次いで在原業平がいると聞く。今は平家の悪行が世にあふれ、源氏が衰え、平家が栄える世の中だから、源氏方の貴公子が、身を窶(やつ)し、東国を目指して下りなさっていた時に、矢矧は寄るべき名所だと、一晩宿に泊まられて、道中の手慰みと遊ばれたのだろうか。どのような人か、よく見てきなさい、玉藻の前」とおっしゃった。  玉藻の前は主人の命に従って、顔が見えないよう薄絹を髪に懸け、門の外、遠くに立った。しかし、御曹司の美しい姿を一目見た瞬間、玉藻の前は心変わりした。御曹司の姿を正直に申し上げたならば、主人は聞き憧れて恋に落ちてしまうだろうと、ありのままには申し上げなかった。  急いで御所に帰り、「どのように申し上げればいいのでしょうか、ご主人様。時は昨日の昼の頃、大方殿(おおかたどの)に着きなさった、金売吉次信高の駄馬曳きが、東国の旅の憂鬱さに、真竹の笛を草刈牧童の笛に見立てて、吹いておりました。ご主人様」と申し上げた。  上瑠璃御前はこの旨を聞いて「そんなことを言うな、玉藻の前。笛をただの笛だと思っているのか。楽を単なる楽だと聞いているのか。昔より、名人は謙虚なもの。偉大なものは度量が大きいもの。神は社を選ばないもの。花は咲くところをえり好みしないもの。泥の中にも蓮はあるし、草の中にも黄金はある」とおっしゃって、  みな人は 雪や氷と隔つれど 溶くれば同じ 谷川の水 と一首詠みなさると、玉藻の前は主人に注意されたのを恥じて、局を目指して、人目を避けて戻って行った。

挿絵:癒葵
文章:紀貫過


浄瑠璃御前物語「笛の段」登場人物紹介

<上瑠璃御前>
矢作の長者の娘。浄瑠璃御前とも。

<御曹司>
源義経のこと。