御曹司が見た上瑠璃御前の御所には、東西南北に四季を模った美しい庭園の池が広がっていた。


東西南北に四季を模った、御所の庭園の素晴らしきこと。

東に面した泉水(池)には、大松、小松に、唐松からまつを移した姫小松ひめこまつ、楓、かやの木、杉、檜、なつめ伽羅から黄楊つげ、柊に加え、竹においては紫竹しちく金竹きんちく大明竹だいみょうちく、その他あまたを引き植えてございます。
その竹の枝ごとに、ヒワ、コガラ、シジュウカラ、ウソドリ、ベニヒワ、マシコドリ、鳳凰、池鳥、カイツブリ、ショウビンに加えて、人を呼ぶように鳴く呼子鳥よぶこどり、これらが嘴を揃えて「華厳けごん阿含あごん倶舎ぐしゃ唯心ゆいしん」と鳴いているように見えました。

南に面した泉水には、起石たていし臥石ふせいし流石ながれいし、青目の石に黒目の石、時を忘れるほど見惚れてしまう美しい石、これら五色の石を組み上げたところに滝を作り、鯉、鮒、鴛鴦おしどり、鴨が、水面に映る月光と、波間を掻き分けて泳いでおります。  

西に面した泉水には、蓬莱ほうらい方丈ほうじょう瀛州山えいしゅうさんを表した三の島がありました。
島には、身舎もや一間四面のお堂を建て、阿弥陀三尊をお祀りし、百八具の華皿はなざらに、れい独鈷とっこに至るまで、仏具を供え、香の煙も絶えることがございません。
そのお堂のあたりには百種の花が植わっておりました。
中には、桔梗、苅萱かるかや女郎花おみなえし紫苑しおん、竜胆、吾亦紅、紫陽花、下野しもつけ岩躑躅いわつつじ、黄菊、白菊、重ね菊、唐梅からうめ唐菊からぎく唐撫子からなでしこ、棗、覇王樹とうなつ枸橘からたち、撫子、杜若、水際には唐松、藤の花が咲き誇りっておりました。
ここまでたくさん植わっていては、これらの池の浮き草は、一体どこを頼りに雲空の月を、その葉に映すというのでしょう。
それだけでなく、一寸に九つの節がある石菖せきしょうが、揃えて植わってございました。
百種の花は、すでに花開いて散りゆく梢もあれば、つぼみのまま匂う花もあり、花も紅葉も入り乱れ、水際の波に揺られるその様は、極楽の八功徳池はっくどくちの法蓮華であっても、どうして勝るといえましょう。

北に面した泉水には、浦島太郎の釣舟に、徐福の童男童女の虚舟うつろぶねが五色の糸に繋がれて池に浮かび、常楽我浄じょうらくがじょうの風が吹けば、水際に寄るように漂っておりました。

館の内では、上瑠璃御前が琴を弾き、女房がそれぞれに楽器を奏でております。
冷泉殿れいぜいどのは琵琶、空さえ殿は大和琴、花さえ殿は鞨鼓かっこ、玉藻の前は方響ほうきょうを鳴らしておりました。
また、月さえ殿はしょうを、有明殿は篳篥ひちりきを、千手せんじゅの前は狛笛こまぶえを、おぼろげ殿はかね、とらふく殿はきん弥陀王みだおう殿は太鼓、小侍従こじじゅう殿はつづみを打っておりました。
鼓は、胴は紫檀したんを刳り抜き羊の皮を張り、朱色のしらべ緒を繰り懸けて、真ん中で結んであり、それを左手の脇に持ち、東西の果てまで響くかのように、音色を奏でておりました。
しかしその調べには、いまだ笛を奏でる者が欠けていたのです。


挿絵:癒葵
文章:やすみ


浄瑠璃御前物語「鞍馬下」登場人物紹介

〈上瑠璃御前〉
矢作の長者が薬師如来に願掛けし授かった才女。

〈御曹司〉
源九郎義経のこと。