金売り吉次を頼り、御曹司は鞍馬を出て東へ下る……。
御曹司が十五歳の春のこと、吉次・吉内・吉六の三兄弟の従者となって鞍馬の寺を、まだ夜も深い時間に立ち、東を目指して下っていかれた。
その道のりはというと、七曲りの鞍馬坂、八町坂、悪魔を払う不動坂を「ここにまた帰ってきて再び越える日もあるだろう」とお思いになりながら通り過ぎ、妻戸の脇を抜けるように掛金坂を抜けさびしい市原野辺を通り過ぎて、先をお急ぎになっていると賀茂川、白川を渡って、程なく、国でいえば近江の国の、宿場町でいうなら鏡の宿というところで一夜の宿をお取りになった。
鏡の宿もお発ちになって先をお急ぎになると、柏原にお着きになった。
柏原も過ぎて、垂井、赤坂を過ぎ、美濃の国も過ぎて、尾張の国に差し掛かり、熱田の明神を伏し拝み、国でいえば三河の国の、宿場町でいうなら矢矧の宿というところで一夜の宿をお取りになった。
吉次は長者の住む大方殿に泊まられた。
八十四つの皮張りの籠と商品の入った四十二の櫃を次々と積ませ、四十二疋の荷を引く馬は仮設の馬屋に繋がせる。
吉次たち兄弟の乗る馬と、乗り換え用の予備馬は板葺きの一般的な馬小屋では不相応ということで屋根を地に伏せたように見える低い作りの馬小屋に繋がせた。
気の毒なことに御曹司は馬の番を与えられ、ようやくその日も暮れるころ吉次の泊まる宿を抜け出された
四方の景色を眺められると人も静まって見えたので、今はいい頃合いだと思い上瑠璃御前のいらっしゃる豪華な唐風の御殿へ忍び入って中の様子をご覧になると、南の妻戸のあたりから峰の嵐であろうか、松風であろうか、弾き手が誰かは分からないが琴の音がほのかに聞こえてきた。
それをお聞きになった御曹司は、聞き入って立ち止まられた。
挿絵:早水セオ(ゲスト参加)
文章:ユカ
浄瑠璃御前物語「鞍馬下」登場人物紹介
〈上瑠璃御前〉
矢作の長者の娘