皇極天皇が譲位の意向を示す。彼女は息子である中大兄皇子に帝位を譲りたいようだが…。
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皇極4年(645年)6月14日、天豊財重日足姫天皇(皇極天皇)は中大兄皇子に天皇の位を譲りたいとお思いになった。そのことについて中大兄皇子は大臣(鎌足)に諮問した。鎌足はこのように答えた。
「古人大兄皇子は殿下の兄君でいらっしゃいます。また、軽皇子は殿下の叔父上でいらっしゃいます。もし今、古人大兄皇子を越えて殿下が即位されれば、年少者としての慎みの心に反することになるでしょう。ここは叔父の軽皇子さまを立てて民の要望に応えられるがよろしいかと」
中大兄皇子はこの意見に従い、皇極天皇にその旨を密かに奏上した。
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帝は文書を発して軽皇子に帝位をお譲りになった。この新帝を天万豊日天皇(孝徳天皇)と申し上げる。
実はこの軽皇子の即位は鎌足の本意であった。君子は嘘をつかない、それが今日現実のものとなった、と有識者は言った。
譲位に伴い、先の帝である天豊財重日足姫天皇は皇祖母尊と号することとなり、中大兄皇子は皇太子となった。改元して元号を大化とした。
挿絵:あんこ
文章:水月
藤氏家伝 鎌足伝(7)登場人物紹介
〈中臣鎌足〉
後の藤原鎌足。中大兄皇子の側近。
〈中大兄皇子〉
後の天智天皇。皇極天皇の息子。
〈軽皇子/孝徳天皇〉
皇極天皇の弟。皇極天皇に譲位されて即位する。