いつも同じ晴着を着ている牛若を見て、他の稚児らに笑われる。恥ずかしく思った牛若は母に新たな晴れ着を所望したが……。


浄瑠璃御前物語「御曹司の鞍馬入」

さて、御曹司は七歳の春のころから鞍馬の寺へ登られた。
鞍馬の寺と申しますのは、僧坊の数は七百坊、稚児の数は三百人、中でも平家の稚児は七十 六人いらっしゃった。
ある昼の徒然に、稚児たちが一間所に集まって「皆さん聞いてください、この山はひと月の 間に六度の出仕があるので、六つの小袖に六着の直垂、それぞれに着替えて出仕をするもの ですが、沙那王殿はいつも垢深い小袖一つに古い直垂を一着で六度の出仕にお出になる。沙那王殿に似合うあだ名をつけて笑ってやろう」といって、平家方に重く用いられている門脇殿(平教盛)のご子息で名前を花若殿と申す者が「これに似合った垢じみたものと言えば、毛 虫の中の蓑虫こそ、四季ごとに衣装を変えないものであるから、沙那王殿を蓑虫稚児と呼ぼ う」といって、一同はどっと笑われた。
沙那王殿は思いもよらず、紅葉を散らしたように顔を赤く染め一間の所に立ち入って、笑い者にされて情けなく思ったことを手紙に思いのままの言葉でこまごまと書き連ねて母の常盤へ送られた。
常盤はこの事をご覧になって、涙にむせばれながら都中の縫い手を集められ、十着の直垂を縫われた。


一には松の古木を縫われた。二には籬に小菊を縫われた。三には根笹に小笹を縫われた。四 には磯に波、渚に千鳥を縫われた。五には立つ白波と帆掛け船を縫われた。六には住吉の松 の梢を縫われた。七には獅子に象を縫われた。八には薄に藤の花を縫われた。九には秋の野に蟋蟀(こおろぎ)と機織りを縫われた。十には竜田川に芦の落ち葉を縫われた。
これら十着の直垂を鞍馬の寺の牛若殿へお渡しになった。
牛若はこれをご覧になって「松の古木を縫うのは五十になる人が着てこそ似合うものだ。籬に小菊を縫うのは二十になる人が着てこそ似合うものだ。根笹に小笹を縫うのは弱い子どもを表していて忌まわしい。磯に波、渚に千鳥を縫うのは漁師が着てこそ似合うものだ。立つ白波と帆掛け船を縫うのは船頭が着てこそ似合うものだ。住吉の松の梢を縫うのは都で多く着られている。獅子に象を縫うものは狩りをするものが着てこそ似合うものだ。薄に藤 の花を縫うものは仏前に花を供える役目を担った僧にこそ相応しい。秋の野に蟋蟀(こおろぎ)と機織りを縫われたものはあまりに古風であり、竜田川に芦の落ち葉を縫われたものは 源氏の大将である牛若の門出に落ち葉をあしらうのは演技が悪い。着られる直垂は一着もない」と言ってお返しになった。
その後、顕紋紗(様々の模様を織った薄絹)で作った直垂を自ら所望された。


挿絵:癒葵
文章:ユカ


浄瑠璃御前物語「御曹司の鞍馬入」登場人物紹介

〈沙那王〉
御曹司・牛若丸(義経)のこと。

〈常盤〉
牛若丸の母。