娘婿の成経少将を救うために宰相教盛は奔走するが、頼みを容易に聞き入れようとしない清盛に対して、出家の決意を伝える。


しばらくたって入道が言うには、「新大納言成親が、この平気一門を滅ぼして天下を乱そうと企てていた。この少将はまぎれもなく大納言の嫡子である。お前との仲が近かろうが遠かろうが、とりなしなどできないぞ。もしこの謀反が実行されていたら、そなたも無事ではなかったであろう、と言ってこい」と言った。
季貞は帰り参ってこの事を宰相に申したところ、宰相はまことに残念そうな様子で、重ねて申されるには、「保元の乱・平治の乱以来、たびたびの合戦にも、命をかけて参じてきました。今後も、吹き荒れる荒い風は、まず私がお防ぎするつもりですが、そういう際にたとえ教盛は歳をとりましても、若い子供が大勢おりますので、ご守備の役にはたたないことがありますでしょうか。それなのに成経をしばらく預かろうと申しますのを、お許しがないのは、教盛を二心ある者とひたすらお思いなのですね。これほど心許ない者だと兄から思われましては、俗世に生きていても仕方ありません。今はただお暇をいただいて出家入道し、辺鄙な山里に籠もって、一筋に後世の往生のための修行をしましょう。つまらない現世の生活だ。俗世間に生きているから望みもあるのだ。望みが叶わないから恨みも生ずるのだ。この世を厭い、真の仏の道にはいるのにこした事はない」と言われた。
季貞は入道のところに行って、「宰相殿はもう出家の覚悟をきめておられます。とにかく良いようにおはからいください」と申したので、入道は大変驚いて、「だからといって、出家入道まで考えているとは、あまりにひどすぎる。それならば、少将はしばらくそなたに預けると言え」と言って出て行かれた。
少将は宰相を待ち受けて、「いかがでしたか」と申されたので、「入道はあまりに腹を立てて、教盛にはついに対面もなさらぬ。助命はとても駄目だとしきりに言われたけれども、私が出家入道するとまで申したからであろう、しばらく教盛の家にお置き申せと言われたが、結局うまくゆこうとも思えない」
少将は、「それでは成経はお恵みで、しばらくの間命も延びるのですね。それにつきましては、大納言のことはどうお聞きになりました」と言う。「大納言の助命までは思いもよらぬことだ」と宰相が言われると、少将は涙をはらはらと流して、「まことにご恩を受けて、しばらくでも命が延びますことはありがたいことですが、命が惜しゅうございましたのも、父をもう一度見たいと思うがためです。父が斬られるというのであれば、成経も生きがいのない命を生きても何になりましょう。ただ父と同じ場所で死ねるように申してくださいませんか」と申されたので、宰相はいかにも心苦しそうで、「さあどうかね、そなたの事を、なにかと嘆願したのだ。だが大納言殿の助命まで思いもよらぬが、大納言殿の御事は、今朝内大臣がいろいろとりなされたので、それもしばらくは安心のように伺っている」と言われると、少将は泣く泣く手を合わせて喜ばれた。

「子でなければ、誰がただ今、自分の身の上をさしおいて、これほどまで喜ぶ事があるだろう。真の縁・契りは親子の仲にこそあったのだ。人の持つべきものは子だな」と、すぐさま思い返された。そして今朝のように教盛、成経は同じ車に乗って帰られた。
家では女房達が死んだ人が生き返った心地がして、寄り集まって、皆、喜び泣きなどをなさった。


挿絵:三菱
文章:黒嵜資子(くろさきもとこ)


「少将乞請(前)」登場人物

<入道>
平清盛
<宰相>
平教盛。清盛の弟であり、成経の舅。
<少将>
藤原成経。藤原成親の子。
<大納言>
藤原成親